絵を描く事が好きか?分からない

正直なところが複雑過ぎて分からない

好きなだけで30年?近くは続けられない

私より絵が上手な人はみんな辞めていった

続ける大変さは私が一番分かっている

絵を仕事にしていたわけでもないし

お金のためでもなく、好き?とも言えないのに

なぜ?と思われるかもしれない

 

絵を描いて集中すると

別の世界に入れたから

これが理由

 

何度も書いてますが

母親の虐待と癲癇(てんかん)という脳の病気で

生きるのが辛かったから

絵の別の世界は私にとって救いだった

そこに入るとこの現実から違う世界にいて

ストレスから解放されたんだ

だけど毎回ではなく時々だけ行ける世界

自由で制限がなくそれはそれは別の世界

あれがなければ、私は生きてない

死を選択していた

定期的にくる生きる事を

やめたくなる私

それは記憶にある限り

幼稚園の頃から

絵は私を助けてくれた

だけど苦しむのよ

描けなくなるなんて

何百回あったか?分からない

夫からキミは両親のために描いているの?

と衝撃な事を前に言われて

僕はキミが絵を描いても描かなくても

好きだけどね

楽に生きたら?と

両親は私の絵のファンで応援していたし

期待はあったと思う

だけど私は頑固だから、ひたすら描くだけ

誰の為でもなく、人に見せるでもなく

私が私のために描いて

挫折して落ち込んで

また描いて、仕事にはならない

する気がなかった

自由が良かった

母から束縛が凄かったから

絵の世界だけは自由にしたかったのね

自分の中に分裂している人格があり

表に頻繁にはでないが

それに苦しんでもいた

それを絵で表現して

受け入れて

絵で一つ一つ対話していく

自分に対して厳しく

批判が多かったのも

絵を描く事でそれを受け入れ

自分に対して優しくなっていった

 

私は自分の絵が大好きで

自分自身の才能が大好き

だんだん自分の絵が好きになったわけではなく

最初から好きだった

昔の絵を見るとよくこのレベルで才能があるって

思っていたよなぁ〜と

我ながら笑える

無条件に自分の才能が好きなんだね

私はそれをポストカードを見るたび思い出す

きっとどんなに挫折しても

落ち込んで絵を描けなくなっても

私は自分の絵が好き

それがあるから

また絵を描きはじめる

もっと違う絵が描けるのではないか?

小百合は好きな事があって良いねとか

好きな事ができていいよねとか

昔はよく言われて

激しいムカついた

ずーっと楽しいはずがない

続けるって大変なんだ

だいたい好きでもみんな辞めていくではないか?

お金が入らない事なんて辞めていく

あの頃はそんな風に思っていた

私は感謝が足りなかった

絵が描ける事

絵を続けられる事

どこか当たり前でいたんだね

それを本当に感謝にできたのは

最近かもしれない

この絵の世界があるから

私は生きてこられた

絵よ

ありがとう